断捨離してわかったこと❤️


こんにちは!

ビリーフクラッシャーの三上知夏です。

 

私は多分
私の持ってるものを
ごみ扱いされたくないんだよね

だから、行き場を探したのだと思う。

私の持ち物の価値を私はわかってるから。

でも実際は使いこなせてなかったとか
使わなくなったものまで
捨てられずに持っていた。

 

もちろん、それだけではないよ。

もったいないのもある
ゴミになるなら手放したくないもある
使ってくれる人に渡したいのもある

だから

ボランティアとかリサイクルは
誰かが再利用してくれると思ったから
探していた。

 

私ね、自己啓発の世界に足を踏み入れてから

一生逃れられない在り方という
学びに出会ってしまったと思ったの。

やり続けるしかない
それも身につける為に日々日常やり続ける。

 

なぜそこに行ったかと言うと
自分に価値をつける為に
高いお金を出して学びに行ったのね。

 

その時の私には、一桁違うんじゃないか?と
何度も見直すくらい高い高いお金を
清水の舞台から飛び降りる感じで払ったの。

 

自分に、その価値があると
自分に価値をつける為に払っていいと。
そう言う決断をしたの。

 

その中で学ぶ過程で
認めて欲しいって言うのが
ものすごい出てきたの。

 

でもね、私はどこでもアウトローなの(笑)

多様性を認めるとか言いながら
自己啓発のコミュニティーとか言いながら
やはり私の様なKY(空気読めない)は、認められないし、おかしな事を言っていると、口を閉ざされたりしてきたの。

 

そう言う
コミュニティーの場にいても
私は受け入れがたいみたいなのね。

 

私は私が私のまま生きていい場所を探していた。

多分子供の時から探していた。

 

人間関係を学びにきた人々がいる
自己啓発の世界すら
私の居場所じゃなかったのね。

 

私はそこを批判しているのではないので
そこだけは間違えないで欲しいのだけど

 

多分
どこにもなかったの。

どこかだからあって
どこかだからない。

 

と言うことではないみたいなの。

 

そもそも無くて。

 

外に探すから無くて

自分で作るしかないの。

 

たまたまある人もいるし
たまたまない人もいる。

たまたまあったらラッキーなのね。

 

そう言う話です。

だから、私が
そもそも外に求めていた時点で違っていたの。違うかってん。

 

外ではなくて

自分の中にあるもので
自分が生み出し作ること

それが
自分の居場所なの。

 

自分の心が
物への執着にもなり
現れていたのだよね〜

 

その執着を手放す為にも
時間もかかるし
面倒だけど
自分の持ち物と向き合うことになったのね。

 

だから
今私の元で生きる場所がある物は
私が使うもの。

私が使っていないもの
私が使いこなせてないものは
早く手放した方がいいんだよね〜

 

手放すのが早ければ早いほど
いいと思ってます。

 

自分で決める権限のあるものは
自分が決めるしかないというリスクでもある。

その代わり自由自在だ!

 

私が手放すのが早ければ早いほど
誰かに使ってもらえる可能性が高いのに
私は執着しすぎて

いつ使ってもらえるのかわからない服を
たくさん抱えてしまったの。

好きだという理由で
可愛いという理由で

 

でも、理由も理屈も
全部取っ払って考えたら

使ってないなら今必要がない
という事に気付くしかない。

 

手放すと隙間ができて
入ってきやすくなるんだって〜
そりゃそうだよね〜。

電車とかでも微妙な隙間には
座りにくいからなぁ〜(笑)

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です